新潟県の会社員、Mさん(30代・女性)の危機一髪の恐怖体験談です。
私が幼少の頃から、母はいわゆる「出戻り」、つまりシングルマザーでした。
母の仕事は看護師で、生活リズムは不規則でした。
そのため、私は学校から帰ると、離れの自宅ではなく、もっぱら祖父母の住んでいる母屋に帰って、宿題や食事を済ませる生活でした。
母の実家は100年以上続く農家だったこともあり、今でも大きな茅葺き屋根で、天井には黒々とした太い梁のある居間と、その中央には囲炉裏があり、昔話に出て来そうな古民家です。
居間の囲炉裏から出た煤で、長年にわたって燻された何本もの黒々とした太い梁は、大人になった今見れば「味」と捉えることもできますが、当時まだ子供だった私は、梁の間から何か得体の知れない怪物が出て来そうな気がして、あまり好きではありませんでした。
その日も母は夜勤で、翌日の朝まで帰って来ないので、私は母屋で祖母の作ってくれた夕食を済ませてから自宅である離れに戻り、入浴後に居間で一人寂しくテレビを見ながら少し夜更かしして、自室のベッドで眠りにつきました。
「一人は怖いな・・・お母さん、早く帰ってこないかな・・・」
私の自室は8畳もある畳張りで、部屋の隅にシングルベッドと、私の胸の高さほどの古びた焦茶色の洋服箪笥があり、部屋の中央には白木の小さなテーブルがあるだけで、女の子っぽくもなく、ガランとした寂しい部屋でした。
その上、風の強い日などは窓ガラスがガタガタと音を立てるので、お世辞にも居心地が良い部屋ではありません。
それでも家庭環境を考えれば、贅沢は言っていられないと、自分でも分かっていました。
その部屋の中で一番嫌だったのは、箪笥の上に置かれた何体かのこけしでした。
祖父母の趣味で集められたもので、大小合わせて10体くらいあったでしょうか。
その中でも特に嫌いだったのは、一番大きなこけしで、他のものに比べて異様に大きく、圧倒的な存在感がありました。
その上そのこけしだけとても不安定で、ちょっとした地震があった時など、周辺のこけし達を巻き込んで倒れるので、その都度立て直すのがいちいち鬱陶しかったんです。
しかも、その置き方にはルールがあって、一番大きなこけしを中央に置き、その周りを他のこけしで囲むようにして置くようにと、母と祖母に何度も念を押され、面倒だとは思いながらも渋々従っていました。
夏休みまであと数日というある日のことです。
学校で友達と些細なことで言い合いになり、私は落ち込んだ気分で帰宅しました。
その日、母は仕事が休みだったので、離れの自宅に帰ってすぐに自室に篭りました。
ランドセルを置いてベッドに横になり、ふと箪笥の方に目をやると、こけし達が倒れていることに気づきました。
「地震でもあったかな?」
でも、今日はこけしを立て直すどころか、自分自身が立ち直れない精神状態だったので、そのまま放っておいたのです。
「大体あんなもの、何で私の部屋に置いとかなきゃいけないのよ・・・」
ベッドの上で少しウトウトしているうちに夕飯の時間になり、お風呂に入って、その後母と居間でテレビを見ていても、何となく友達との言い合いのことが気になり、その日は早めに自室に戻り、またベッドで横になりました。
倒れたこけしを起こさないと、と気になってはいましたが、その日はどうしてもそんな気になれず、そのままの状態で電気を消して、眠りました。
キーッコキーッ…
キーッコキーッ…
甲高い、何かが擦れるような音で目が覚めたのは、真夜中を過ぎた頃だったと思います。
「何の音だろう? 気持ち悪い音・・・」
また風で窓が軋んでいるのかと思いながら、半分寝ぼけた状態で音のする方向を探ると、どうやら箪笥の方から聞こえてくるようです。
キッコキッコ…
キコッキコッ…
少しずつ意識がハッキリしてきたところでよく目を凝らしてみると、箪笥の上に大きなダルマのような黒い影が見えました。
さらに目を凝らしてよく見ると、それは横向きに正座しているお婆さんの姿でした。
「だれ?!」
思わず声を上げた私に気づかないのか、そのお婆さんは丸く曲がった背中で、手元にはあの一番大きなこけしを抱え、首の部分を捻っています。
キコキコキコキコキコ…
お婆さんがこけしの首を捻る度にあの不快な音がして、その音はお婆さんの手の動きに合わせ、徐々に大きくなり、部屋中に響くほど大きな音になりました。
ギコギコギコギコギコギコギコギコ!
お婆さんの手はますますそのスピードを増し、ついには手元が見えなくなるほど猛烈な速さで、一心不乱に激しくこけしの首を捻っています。
すると部屋の中に焦げ臭い匂いが立ち込めてきて、遂にはこけしの首から白い煙が上がり始め、小さな火がポッと上がるのが見えました。
火が出た瞬間、お婆さんの顔が明るく照らし出されると、お婆さんはゆっくりと私の方に顔を向けて、ボロボロの歯を見せながら、ニヤッと笑いました。
私は恐怖のあまり声も出せずに、転がるように部屋を飛び出し、慌てて母の部屋に駆け込みました。
「おかあさん!火事!起きて!私の部屋!火事!!」
母もすぐに飛び起きて、煙が立ちこめる私の部屋に駆け込むと、箪笥の上で上がっている炎を、私が使っていたタオルケットを被せて消し止めました。
その後、タオルケットでこけしを全部包み、祖父母の家に持って行って事情を説明すると、祖母は何も言わず納屋から箱を持って来て、その箱にこけしを入れて、そのまま一晩、庭に置いておきました。
翌日、祖父がそのこけし達を近所のお寺に持って行き、引き取ってもらったという話を聞いたのは、つい最近のことです。
こけしは持ち主の身代わりになって、病気や怪我から守ってくれるそうで、小さい頃体が弱かった私は、何度もこけし達に守ってもらったのかも知れません。
そのこけしをぞんざいに扱ったことで、怒りを買ってしまったのでしょうか?
だとしても、あのお婆さんは一体誰だったのでしょうか?
なんとなくそれを聞いてはいけない気がして、母にも祖父母にも、未だに真相を聞けないままでいます。