東京都 無職 Aさん(60代・女性)の恐怖体験談
M子と私は高校生の時から50年来の付き合いで、ずっと親友関係です。
若い頃はもちろん、今でも2人で一緒に旅行に行ったり、2か月に1度はお互いの家を行き来したりして、M子は私の人生にとって、かけがえのない存在と言える人です。
昔から変わらずおっとりした性格で、物腰の穏やかな彼女は、一緒にいるとなんだか心が癒されるような人でした。
そのM子に久しぶりに会いに行った時のことです。
前に会ってから半年ほどしか経っていないにもかかわらず、突然彼女の腰は大きく曲がり、まるで老婆のような容姿になってしまったのです。
さらに、羨ましいほどハリツヤの良かった肌や表情まで、なんだか鬱々としていて、全くと言っていいほど生気がありません。
それでも、いくら親友とはいえ、そのことをすぐに口に出すのも憚られたので、まずはたまたま取り壊し工事中だった隣の家の話題を切り出しました。
「お隣、取り壊すのね」
するとM子は、お茶を入れながら振り向きざまに、「そうなの!せいせいするわ!!」と吐き捨てるように言いました。
あんなにおっとりと穏やかだった彼女の、豹変とも言えるようなその語気と表情は、この50年の付き合いで見たこともない、嘲るような冷笑が浮かぶ、悪意に満ちたものでした。
その瞬間、私は直感的に、これは絶対に何かがおかしいと感じました。
そこで私は、一体何があったのか、M子に問い質すと、実は長年、隣人トラブルを抱えていたことを打ち明けてくれました。
彼女が言う「隣の人」は、私たちと同年代の女性で、早くにご主人を亡くし、2人いたお子さんも独立していたため、長年一人で暮らしていたそうです。
ある日、M子の家のベランダに干していた洗濯物が強風で飛んでしまい、「隣の人」が大切に育てていた薔薇の茎を、一部折ってしまったことが、隣人トラブルのきっかけだったようです。
それからと言うもの、庭に除草剤を撒かれて植物を枯らされたり、留守にしている隙にベランダに干してあった洗濯物に水をかけられたりと、さまざまな嫌がらせを受けていたのですが、元を正せば自分の過失が原因だと思い、人知れず、誰にも相談することもなく、ずっと我慢してきたそうです。
ある冬の朝、ベランダで洗濯物を干している時にふと隣の庭を見ると、うつ伏せに倒れている「隣の人」が見えたのですが、M子はその様子を見て「ザマアミロ」と思い、救急車を呼ぶこともなく、そのまま放置したというのです。
彼女が「隣の人」と口に出すたびに、彼女の鼻に深いシワが寄り、まるで牙を向く狂犬のようで、その都度私は背筋に冷水が走るような感覚に陥ったのですが、それをM子に気取られまいと必死に平静を装いました。
後に分かったのですが、隣の奥さんが倒れた原因は、脳梗塞だったそうです。
「もしかしたら、すぐに救急車を呼んでいれば助かったかもしれないわね」
それをまるで芸能人のゴシップでも話すかのように、嬉々として話す友人に、私は益々背筋が寒くなる思いがしました。
さらに、私はその時、見てしまったんです。
消されたテレビの画面に映る友人の背中に、覆い被さるようにして年配の女性がダラリと纏わりついている光景を!
私はそれを見て、M子の言う「隣の人」が着ていた服装やヘアスタイル、年恰好などの特徴を聞いてみると、まさしく今、テレビ画面の中でM子に覆い被さっている女性そのものでした。
M子は「どうしてそんなことを聞くの?」と不思議に思ったようですが・・・
ただ、私にとっては、50年来のかけがえのない友人の危機です。
私は思い切って、その状況をM子に話しました。
「あなたの腰が曲がっているのは、あなたの背中に女性が覆い被さっているからだと思うの。それはきっと隣人の女性だと思うし、あなたは気づいてないかも知れないけど、その時の罪悪感で、あなたも少しおかしくなってるんだと思う」
翌週、日帰りのバスツアーを利用して、二人で奥多摩の有名な神社に行き、お祓いをしてもらいました。
それが功を奏したのか、それとも自分の罪を私に洗いざらい話したことで、心につっかえていた罪悪感が取れたのか、今では腰の曲がりも取れ、元の明るく穏やかなM子に戻りました。
実は、今でも時々、一緒に出かけた先のガラス窓に映るM子の横には、怒りに満ちた表情の「隣の人」がピッタリと寄り添っているのが見えるのですが、そのことは墓場まで持っていこうと思っています。