京都府に住む男性会社員Hさんが、中学3年生の夏に体験した、怖くて不思議な話です。
今から20年以上前の話ですが、今でもその光景は、鮮明に覚えています。
その頃、高校受験を控え、ほぼ毎日塾に通っていた私は、その夜もバスの最後尾に座り、美しい街並みを一瞥することもなく、手元の参考書に目を落としていました。
ふと気がつくと、降りるべきバス停を1つ過ぎてしまい、慌てて降車ボタンを押して、次のバス停で降りました。
降車後、反対側のバスに乗って帰ることも考えましたが、次のバスが来るまでの待ち時間も分からなかったので、仕方なくそこから歩いて帰ることにしました。
連日の塾通いで疲れていた私は、その日も一刻も早く帰りたかったのですが、ひと駅とは言え無駄に歩く苦行を強いられたことに、ものすごくがっかりしました。
ましてやその日は特に蒸し暑く、身体にまとわりつく空気が、まるで水中のように重く感じられました。
バス通りをしばらく戻ると、右手には大きな公園が隣接しています。
私は少しでも早く帰るため、その公園の中をショートカットして歩こうと思いました。
歩道から公園の中に入ると、途端に街灯の数が減り、足元が見えにくくなるほど、薄暗く曲がりくねった遊歩道が続きます。
当時、塾の現代文の先生は、時々受験には出ないような、難しいけど素敵な言葉を教えてくれました。
その日習ったのは「蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)」という四字熟語で、蛙や蝉 がやかましく鳴き騒ぐことから、内容のない議論をやかましくしゃべりたてることをあざけっていう言葉だ、と知りました。
「まさに『蛙鳴蝉噪』やな・・・」
寝不足が続いていた私に追い打ちをかけるように、その年、大量発生していた蝉のやかましい鳴き声と蒸し暑さで、歩きながら眩暈がしそうでした。
家までの最短距離を通るため、時々遊歩道を逸れて直進していくと、芝生の広場の先に、ぼんやりと明るい光が浮いているのが見えました。
不思議に思いながらゆっくり近付いてみると、縦が30センチ、横幅が60センチくらいの、青白く光る物体が、街灯の見間違いなどではなく、完全に宙に浮いています。
その形状は、頭の部分が丸くてツバが広い女性用の帽子を、上下に2つ合わせたような形をしていました。
当時はドローンなどありませんでしたから、想像していたよりかなり小ぶりではありましたが、私は「ついにUFOを見た!」と、喜びが爆発しました。
タイミングよく、これもついさっき塾で習った「欣喜雀躍(きんきじゃくやく)する」という言葉にピッタリでした。
よく観察していると、その物体は、ぼんやりと青白く発光しながら、高速でぐるぐると回転しているように見えます。
数十秒か、数分間か、とにかくかなり長い時間、釘付けになって観察を続けていると、次第に回転速度が落ちてきて、何が回っているのか、少しずつ見えるようになってきました。
よく見るとそれは、ざんばら髪が遠心力で左右に広がった、落ち武者の生首でした。
それが判明した瞬間、突然回転速度が落ち、ピタッと私の方を向いて宙に浮いたまま静止した生首は、苦悶に満ちた表情で、私を睨みつけてきました。
怖くなった私は、一目散にその場から走って逃げました。
すると、あれほど騒がしかった蝉の鳴き声がパッと止まり、突然後ろから
「待て待て!本当の見せ場はここからだぞ!」
という荒々しい、獣のような咆哮が聞こえました。
一目散でバス通りに転がり出て、恐る恐る公園の中を振り返ってみましたが、光る生首はすでに消えていました。
それ以来、昼間でもその公園の中を通ることは、一切なくなりました。