神奈川県 会社員 Tさん(50代・男性)と当時の交際相手との恐怖体験談
私が24、5歳の頃、買ったばかりの自慢の愛車で、当時交際していた彼女とドライブに行った時の話です。
奮発してオプションで付けたカーナビはまだ出始めで、時々山の中を飛んだり、川の中を走ったりすることもありましたが、それもまぁ御愛嬌という、ゆるい時代でした。
特に行くあてもなかったので、山の中腹のレストランで夕食を食べたあと、車に戻って彼女と2人で次の目的地を考えました。
カーナビによると、今いるのは「H山」で、レストランの駐車場を出て右に行くと、頂上付近まで道がつながっていて、駐車場があると表示されています。
「頂上まで行ってみようか」
そう言って車を走らせていると、初めは2車線の道路が続いていたのですが、次第に道幅は狭くなり、どこでどう間違えたのか、いつの間にか対向車が来たらすれ違えないほど、細い道に迷い込んでしまいました。
「もうこれ、きっと行けないよ。戻ったほうがいいんじゃない?」
彼女にそう言われれると、高かったカーナビを否定されたような気がして、私もちょっと意地になってしまい、とにかくこのまま頂上まで行ってやろうという気持ちになりました。
つづら折りの舗装路を登っていると、徐々に街路灯もなくなり、いつの間にか周囲は真っ暗です。
ヘッドライトに切り取られた道を、ただひたすら進みます。
走るにつれ、道幅は次第に細くなり、車1台分の幅しかなくなった頃には、舗装もされていない山道に変わっていました。
彼女の無言の不安がうるさいほど伝わって来ます。
しばらく走っていると、道の左側に、直径2、3メートルほどの半円形の窪みがありました。
私は慌ててブレーキを踏んで、そこでなんとかUターンができないかと考えました。
(少々カッコ悪くても、彼女に前後を確認して誘導してもらえば・・・いや、さすがにこの道幅じゃ無理か・・・)
考えあぐねているうちに、突然、対向車が来てしまいました。
窪みを利用したとしても、Uターンもすれ違うこともかなり難しそうです。
相手はこんな山道にふさわしくない白い高級車で、圏外ナンバーでしたので、私と同じく、道に迷っているのかも知れないと思いました。
どうしようかと考えていたところで、その対向車がヘッドライトをパチパチっと、パッシングしてきました。
「えーっ!俺に下がれって言ってるのか?」
ところが、その対向車は、もう一度パッシングをすると、曲がりくねった狭い坂道を、バックで登り始めたのです。
「そうか。多分この先に待避所なり道幅が広いところがあって、そこまで下がってくれるんだ」
対向車のライトはこちらを向いているので、私の進行方向は明るく照らされています。
私は親切な対向車に敬意を払うつもりで、自分の車のライトを車幅灯(スモールライト)だけにして、下がっていく対向車に付いていくことにしました。
それにしても、対向車のドライバーは、素晴らしいドライビングテクニックです。
昼間でも走ることを躊躇しそうな狭い道を、真っ暗闇の中、バックランプの灯りだけで、スイスイ走って行きます。
自分の運転技術の未熟さを恥じ入るばかりの私は、対向車のヘッドライトに照らされた視界を見失わないように付いて行くことに必死でした。
右に、左に、曲がりくねった細い山道をスイスイと坂を登っていく対向車。
すぐにあるのだろうと思っていた待避所は、一向に現れません。
時間にして10分か、15分か、もしかしたらそれ以上走ったかも知れません。
すると、スッと左に曲がった対向車のライトに照らし出された視界の先、私の車の右前方に、途切れたガードレールが数秒映し出されたかと思うと、突然ライトが消えました。
「あ、きっとこの先に待避所があって、そこでライトを消して停まってくれたんだ」
ホッとしながらハンドルを左に切った瞬間、思わず急ブレーキをかけました。
その道は周囲の鬱蒼とした木々と暗闇を巻き込むようにして、山の上に向かってまっすぐ伸びていたのです。
ついさっきまで、見失うまいと必死について来たはずの対向車は、一瞬にして闇に溶けるように消滅してしまいました。
まっすぐに伸びる暗闇に向かって、何度かパッシングをしてみましたが、光の筋は闇に溶けて、対向車の反応はありません。
すると、微かに何かの音楽が聞こえてくるような気がしました。
「◯◯◯◯(曲のタイトル)だ!」
当時流行のロックバンドUの「◯◯◯◯」は、彼女がその時一番お気に入りだった曲です。
それは彼女が、当時出始めの「着メロ」にしていた曲と同じでした。
その時、ふとバックミラーを見ると、ブレーキランプで照らされたガードレールが、真っ黒な闇を赤く照らし出しています。
よく見るとそのガードレールは、中央部分が千切れるように欠損していて、明らかにそこから車が山の斜面に飛び出したのだというのが分かりました。
車内にあった懐中電灯を手に、車を降りて千切れたガードレールの下を除いてみると、さっきまで私の車を誘導していた圏外ナンバーの白い車が、崖の下に引っかかっているのが見えました。
聞こえている音楽は、その車のラジオから聞こえて来ているようでした。
あわてて携帯で警察に連絡しようとしましたが、山の中で電波状況も悪く、第一、カーナビを見ても山の上を飛んでいるような状態で、自分が今どこにいるのかもわかりません。
仕方がないので、この道を先へ進んで、どこかで車をUターンさせるなり、山を越えるなりするしかないと思っていたところ、意外にも5分ほど走ったところで山頂付近の駐車場に出て、そこからは一般道に合流して、すぐに電波が繋がる場所まで山を降りる事ができました。
警察に連絡した後、彼女がポツリと言いました。
「私たち、あの白い車に呼ばれたんだね」
ちなみにあの時かかっていた曲は、「君に会えてよかった・・・バンザイ!」という歌詞の歌でした。