お迎え

お迎え

鳥取県 会社経営 Tさん(60代・男性)の恐怖体験談

私は小規模の工務店を営んでいます。

小規模といっても、小さなビルくらいであれば、自社で工事を完了できる規模の会社です。

ある日、工事用のクレーンを操作していると、どうも視界がぼやけることに気づきました。
初めのうちは目が疲れているだけかとも思いましたが、次第に高さや奥行きの判断がうまくできなくなったため、病院に行ったところ、白内障と診断されてしまいました。

私以外に、社内でクレーンの操作ができるものはいません。
工事の途中でクレーンを動かす人間がいなくなれば、これはかなりの痛手です。工期が遅れるかも知れません。
だからといって、無理に工事を進めて事故でも起こせば、会社の存続にも関わります。

結局は手術をするしか選択肢はありません。
通常は入院することなく、片目ずつ順番に手術するそうですが、片目でクレーンを操るのは、肝心の奥行きがわからないので大変危険です。

そこで、お医者さんにわがままを言って、数日入院することは覚悟で、両目一度に手術してもらうことにしました。
術後、順調に回復すれば、数日の入院で仕事に復帰できるということで、これもわがままを言って、次の休工日を挟んで、手術を受けることになりました。
それなら予定が数日延びても、全体の工期は何とかなりそうです。

入院初日。手術は午前中に無事終わり、特に痛みもないので元気が有り余っていましたが、いかんせん両目の視覚が奪われていますから、何もすることがありません。
わずか3日の予定ではありましたが、退屈な時間を過ごすことになりそうで、ちょっと憂鬱でした。

目が見えないと、1日の時間の感覚も全くわからなくなるものです。
私は普段、外で働いているものですから、太陽の位置などで、およその時間を把握していたのでしょうが、それが全くなくなってしまったわけです。
しかもやることがない。
そうなるともう、日がな一日、ウトウトと寝るしかありませんでした。

ふと目が覚めたのは、ベッドの脇で、誰かに見られているような気配がしたからでした。

「お迎えにあがりました」

まどろむ意識の中、女性の、おそらく看護師さんの声がしました。

その時1つ気付いたことがありました。
人間、視覚を奪われると、その他の感覚、特に聴覚がものすごく鋭敏になるんですよ。
だからベッドの横の「キッ」と言う微かな音で、看護師さんが車椅子を持ってきてくれたイメージが鮮明に湧きました。
私を車椅子に座らせるため、私の両手を持ってくれた看護師さんの両手がとても冷たくて、思わず一度引っ込めかけたのですが、それも失礼だと思い直し、そのまま車椅子まで誘導してもらいました。

「え?部屋を変わるんですか?」

私の問いかけが聞こえなかったのか、看護師さんは何も答えてくれませんでした。
でも、そんな話は聞いていなかったですし、自分の感覚では、今は真夜中過ぎなような気がしたのですが、視界を奪われた状態では、いわばまな板の上の鯉です。
言われるがまま、されるがままに従うしかありません。

病室を出て右に曲がり、廊下をしばらく進むと、エレベーターホールがあるはずです。

「何号室に移るんですか?」

聞こうとした時、エレベーターが到着したのが分かり、聞きそびれてしまいました。

私が入院していた部屋は2階で、エレベーターは上昇している感覚がありました。

(・・・と言うことは、3階?4階? まぁ、着いたら聞けばいいや)

エレベーターの扉が空き、出て右に曲がると一旦停止し、看護師さんがこう言いました。

「少し・・・揺れますよ」

そう言われた瞬間、車椅子の前方がグイッと持ち上がったかと思うと、ものすごい勢いでガッタンガッタンと階段を上って行ったのです!

「ちょっと!看護師さん!どこ行くんですか!!」

聞くが早いか、鉄の扉がギーーーッと開く音がして、周りの音がフワッと広がったことで、外に出たことが分かりました。

(エレベーターで上がって階段を上ったと言うことは、ここは屋上?!)

その瞬間、車椅子は私を乗せたまま、猛烈なスピードで動き始めました。
それが恐ろしい速さであることは、耳元を切る風の音で判断できました。

「おい!なにすんだ!やめろ!やめてくれ!!」

叫ぶ私は一方で、この勢いのまま屋上を飛び出して、地面に叩きつけられる様を想像することは難くありませんでした。

あと数日、取ってはいけない目の包帯を、何とか懸命に解こうと試みましたが、慌てているせいかうまく解けません。

仕方なく私は、目隠し状態のまま車椅子から飛び降りました。

ガシャン!と言う大きな金属音は、おそらく鉄柵に車椅子が勢いよくぶつかる音だったでしょう。
その数秒後、クシャッと車椅子が地面に叩きつけられる音が遠くに聞こえました。

その音に気付いた病院スタッフが何人か、外に出て騒いでいる声が階下で聞こえてきます。

「何?何? 事故? なんか飛んできた?」

「車椅子が落ちてる!グシャグシャだ!」

「人は! 患者か?!」

「車の事故か?! なんだ! どうなってんだ!」

「屋上から落ちて来たんじゃないの?!」

鋭敏になった聴覚のおかげで、病院スタッフの慌てふためく様子が手に取るようにわかりました。

その時、私はハッと我に帰りました。
この屋上に、まだあの恐ろしい看護師がいるかも知れない!
そして今度は、私自身を抱き上げて、地面に向かって放り投げるかも知れない!!
誰でもいい!早く助けにきてくれ!!!

私は大声で病院スタッフを呼ぼうとしましたが、あまりの恐怖で声が出ません。
さらに、車椅子から飛び降りた時に両手首を痛めたせいで、目の包帯を解こうにも上手く解けず、なす術もなく、恐怖に震えているところに、バタバタと病院スタッフたちが駆け寄ってきたことに安堵し、私はその場で意識を失いました。

次に気がついたのはベッドの上でした。

目の状態を確認するため包帯を外し、お医者さんや看護師さんの次に見た顔は、担当の刑事さんでした。

その刑事さん立会の元、事件当日の防犯カメラの映像を見させられました。

私は夢遊病者のように誰かと喋りながら車椅子に乗り、移動しながらエレベーターに乗り込む様子が写っていましたが、周りには誰もいません。

ただ、両手両足は車椅子の上で動かすことなく、まるでラジコンカーのように、自動的に動いて行く車椅子を見て、担当の刑事さんも病院スタッフも唖然として、何も言うことができない様子でした。

さらに、エレベーターで4階に着いた私は、車椅子のまま一切手を使うことなく、ガタガタと階段を登って行ったのです。

残念ながら屋上には防犯カメラを設置していなかったため、映像はそこまででした。

どうやら初めは私がしでかしたことだと疑われていたようですが、映像のおかげで、私のほとぼりは冷めたようでした。

「麻酔の副作用で幻覚を見る人がいるにはいるんですが…」

お医者さんの言葉にはもはや、少しの説得力もありませんでした。

結局、私が手首と足を少し打撲しただけで、人的被害がなかったこともあり、警察的にも病院的にも、この件は一件落着となったようです。

退院後すぐに仕事に復帰してからちょっと考えたのですが、あの時、迎えに来た看護師さんは、本当に看護師さんだったのでしょうか?

今でも時々思い出して、怖くなることがあります。

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